大志

志(こころざし)を未来へ

 


始めは細く険しい道

 


何度も立ち止まり

また歩く

 


困難であっても歩き続ける

たとえ命が尽きたとしても

 


その志を受け継いだものが、

また歩き出す

 


一人、そしてまた一人

 


やがては大きな志となり

未来を変える力になる

 

 

 

志は未来に生き続ける

 

 

 

 

 

 

『吉田松蔭 氏』

 


日本が世界の脅威にさらされた時、松蔭氏の命をかけた生き方が未来をかえました。

 


1859年  享年29歳の若さで処刑されます。

 

 

 

松蔭氏の教え子たちが

その志を引き継ぎ

日本各地で立ち上がります。

 

 

 

その志は教え子達から、長州、薩摩、土佐、

そして全国へ

 

 

 

松蔭氏の志は死後、明治維新という大偉業の原動力となりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


1830年 杉家の次男として生まれます。

幼少期は自給自足の貧しい生活、両親と共に畑仕事をしながら論語など学問を学びます。

 


5歳で吉田家の養子となり

 


19歳で名門明倫館の正式教授になります。

そんな中世界の脅威が日本に迫っていることを知り愕然とします。いてもたってもいられなくなり、日本全国を周ります。

 


日本を救うには欧米列強をもっと知らなくてはとアメリカ密航を企てるが失敗し投獄されます。

 

 

 

 


獄中では、

生きる希望を無くし

虚な目をした囚人たちばかり

 

 

 

 


松蔭氏は

『どんな境遇にいても人は前向きに生きることができる。学問は生きる希望。』

と考え

 


獄中で論語孟子を教え始めます。

 

 

 

始めは誰も反応しませんでした。

 

 

 

しかし、日がたつにつれ、

一人また一人と松蔭氏に学ぶようになります。

 

 

 

囚人だけだなく、

松蔭氏の学問の深さに看守たちも

一緒に学び始めます。

 

 

 

26歳仮出獄

松下村塾で学問を教え始めます。

子供〜大人まで 

農民〜武士まで

 


月謝は無料、

貧しい者には食事まで与えます。

 


24時間 開講 

塾生一人一人と向き合い

一人一人の個性を見抜き

個性を引き出す教育をしていきます。

 


教えるだけでなく、共に学び未来を考えます

 

 


松下村塾からは

のちに

久坂玄瑞氏、前原一誠

高杉晋作氏、伊藤博文氏など

多くの偉人が生まれます。

 

 

 

松下村塾で教えた期間はわずか2年数ヶ月でした。

 

 

 

1858年 幕府が日米修好通商条約に調印

日本に不利な条約を結んだことに対して

松蔭氏はこのままでは日本が滅びてしまう。

 


命の危険を顧みず日本を救うため奔走します。

 


幕府からは危険人物として

捕らえられてしまいます。

 


翌年安政の大獄で29歳の若さで処刑されます。

 

 

 

 


「至誠にして動かざる者は

いまだこれ有らざるなり」

しせいにしてうごかざるものは

いまだこれあらざるなり

 


『相手の事を思い、真剣に行動する人に対して、心を動かされない人はいない。』

 

 

 

 


松蔭氏の死後、

その生き方、想いは

教え子たちに引き継がれ、

 


久坂玄瑞氏、高杉晋作氏が立ち上がり、

その考えは坂本龍馬氏、西郷隆盛氏、全国に

広がり、明治維新が実現します。

 

 

 

 


志は未来に生き続ける

 

 

 

 


私は今、未来に何を残すのか?

生きる意味を深く考えるきっかけになりました。

 


最後まで読んで頂きありがとうございました😊